【ポタリング】Daytona DE01で東海道をポタリング:岡崎宿から三条大橋編 Vol.5 〜桑名宿〜

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皆さんこんにちは、シンです。

東海道ポタリング旅【岡崎宿〜三条大橋編】は2日目に突入です。
2日目は亀山宿まで移動しましたが、今回は宮宿(名古屋)から桑名宿までを記します。

2024年2月14日(水)

外は雲一つない快晴、気温も上がるようですがそれでも朝はまだ冷えていたので防寒対策は入念にします。
ちなみに名鉄イン名古屋金山には数は多くないですがコミックコーナーがありました。
これはとてもありがたいサービスですね。
おかげでちょっと夜更かししてしまいました。

ホテルエントランス横にあるコミックコーナー。タイトルは少ないが今話題のものが揃えられている。

呪術廻戦でまだ読んでいなかった24巻、そして今一番ハマっているアニメ「葬送のフリーレン」。これらを読んでいたら日付が変わってしまった。

朝食はビュッフェ形式。
食べ過ぎて漕ぐどころじゃなくならないよう、控えめに2巡で打ち止めにしました。

食事内容はオーソドックスなもので食べやすかった。コーヒーを部屋に持っていくことができないのが残念であった。

7時25分、ホテル前で自転車を組み立てて昨日のゴール地点の宮の渡し公園まで移動します。

清々しい朝。バッテリーも満充電できたので安心して走ることができる。

前日のゴール地点の宮の渡し公園からスタート。

当時東海道は宮の渡しから桑名宿までは海路でしたので陸には存在していなかったはずです。
しかしGoogle Mapを見ると「東海道」と書かれている道があります(東海通というややこしいのもある)。
これは海路ではこの辺りを通っていた、ということでしょうか?
詳細は分かりませんが書かれている以上は一応通っておきます。

平日のこの時間はちょうど通勤・通学ラッシュでバスに並ぶ人の数とか交通量は浜松の比ではありませんでした。
毎日この調子なんですよね。
都会は大変だなぁ、私には到底無理だなぁ、と思いながら見ていました。
名古屋でこれだから首都圏は・・・。

名古屋市を抜けて金魚で有名な弥富市へ。

ここからはGoogle Mapにも「東海道」の文字が見当たらない、南下して国道23号を目指す。

国道23号に合流して少し進むと尾張国と伊勢国の境に到達。
狭い・小さいと思っていた愛知県も自転車で移動すると広く感じます。

旧国名の越境は今回2回目、現在の県境の越境はこれが初めて。木曽岬町のローマ字表記の真ん中のsだけ修正されている。zの誤表記だったのだろうか?それにしてもこのsだけ小さいのが気になる。

その先には赤い橋が見えてきます。
ここは木曽川河口、遠くにナガシマスパーランドも見えます。

 

橋を越えてすぐ北側に「七里の渡し」に関する石碑がありました。

 

そしてもう一つの赤い橋の登場、今度は揖斐川・長良川です。
この木曽三川が広大な濃尾平野を形成し、この地域を豊かさをもたらしました。

桑名の街並みの奥にうっすらと雪化粧をした伊吹山と思われる山が見える。

42番目・桑名宿

歌川広重 東海道五十三次之内桑名 七里渡口

七里の渡し跡

揖斐川・長良川を越えて北に進み、桑名側の七里の渡し跡に到着。
ここから桑名宿です。
なんでこの宿場の間が船だったんだろう?と思っていましたが、木曽三川を越えるのが大変だったからですね。
一気に船で渡ったほうが手っ取り早い、そう考えたのでしょう(きっと)。

宮の渡しを出た船がこの辺りに到着していたのだろう。すぐ近くには桑名城があり、船から眺める桑名城はさぞ立派であったに違いない。

伊勢国一の鳥居

七里の渡し跡には大きな鳥居があります。
この鳥居、まだ距離はありますが伊勢の神宮の鳥居なんです。
ここが神の国・伊勢の入り口だ、と。
さすが日本一の大社、スケールが違います。

式年遷宮の度に内宮宇治橋にある大鳥居をこちらに移動させて取り替えられている。元は神宮の鳥居であったので立派なはずである。

桑名城跡(九華公園)・本多忠勝像

本州は敦賀〜桑名でくびれていて、桑名は南側の要衝地であり、ここの防衛強化は重要事項でした。
そこで関ヶ原の後に桑名を任されたのが徳川四天王最強の漢・本多忠勝です。
北側の越前を守ったのは家康の頼れる次男・結城秀康、中央の彦根は徳川四天王・井伊の赤鬼こと井伊直政。
勇猛なこの3人をくびれの南北・中央に配置して鉄壁の布陣を敷きました。

桑名城跡地に造られた九華公園の入り口に建つ本多忠勝像。背後の長い槍は名槍・蜻蛉切。穂先に止まった蜻蛉が真っ二つに切れたことから名付けられた。

桑名城は海岸の地形を利用した水城で堀には海水が流れている。大きな堀で高い防御力だったのであろう。

ほとんど城郭構造物が残っていない桑名城跡だが、ここに昔の石垣を見ることができる。

東海地方で牛肉といえば柿安が有名なのですが、本店が桑名にあるとは知りませんでした。

柿安の料亭本店。奥に見えるビルが精肉本店。

桑名宿跡地巡り
東海道は桑名城の西側を南下したのち、城下町の中を折れながら通ります。
ちなみに桑名宿の本陣と脇本陣は立派な鳥居があった近くにあったようで見落としてしまいました。

この角のあたりが京町見附跡。東海道がここで折れる標識が立っている。

吉津屋見附跡。この先の東海道は複雑なコースとなっており、見事にショートカットしてしまった。

ディープなおもちゃ屋さんが東海道の曲がり角の目印。

おおよそこの辺りぐらいが桑名宿の中心街の境といったところでしょうか。
ここから少し南に行って直角に西へ曲がって進んでいくと矢田立場に辿り着きます。
この辺が桑名宿の出入り口、といった場所になります。

矢田立場に復元された火の見櫓。立場とは宿場と宿場の間にある飲食店とかが並ぶ場所で、大きく見てこのあたりが桑名宿の西の出入り口の機能をしていた。

桑名宿を抜けたら次は四日市宿です。

それでは皆さん、Have a nice day !